最近度思うのは、多くの人は「サービス」と「おもえたなし」を同じものと見なしている。それよりもっと大きな問題は、マニュアルの指示通りに顧客と接していれば、顧客の満足感が上がると勘違いしている企業が多い。

僕はある一か月間、同じチェーンレストランに三度も食事をしに行った事がある。この店はサービスの質が高く、一定の水準を保っていることで評判だ。当然この三回の使用経験も同じようなサービスを受けた。彼らのサービスに不満はなかったが、なんか新たな感想が沸いてきた。

僕が考えるには、一定の高品質なサービスを短期間に何度も味わうと、飽きるかもしれないが、本当のおもてなし精神が徹底した店は、例え毎日この店に来ても人を飽きさせることはないと思う。それはどうしてかと言うと、おもてなしには決まったマニュアルはなく、「一期一会」の精神を基に、毎回違った接遇で対応するからだ。

仮にスタッフが会社の指示通りにお客に対応したとしても、心の中におもてなしの精神がなければ、かれらの対応を見ると、あまりにも「熟練」した動作にしか見えない。長期間に1回の割合にこのような店に来るならそれでいいが、頻度が一定の程度に達すると、そのようなサービスに新鮮さが感じなくなる。

ただ、各店が常にそのレベルのサービスをお客様に提供できる事はすばらしい。多くの店が出来ないことをこの企業は長年やってきたのには、それなりの苦労と努力があったと思う。僕が言いたいのは、企業が末永く発展を遂げるには、それだけでは困難だとの事だ。

近頃業績の改善の為、組織を再編成したこの企業が、今後更なる発展を目指したいのであれば、合理化の追求以外に、もう一つ考え直すことがある。それは「おもてなし」精神の徹底化だ。

「おもえたなし」はただ単にマニュアル通りにおじぎや挨拶をしただけではなく、心からお客を歓迎する気持ちが大事である。その気持ちは突然起きるのではなく、普段同僚同士のコミュニケーションから生み出してくる。

私達は時別の店で「おもてなし」に近い感覚を味わったことがある。近くのコンビニやコーヒーショップで、店員との些細なおしゃべり、又は市場で店の主とのあいさつ等がその例である。彼らとの会話はマニュアル通りの対話とは違う、一種の温かみがある。

「おもてなし」と「サービス」両者の最も根本的な違いは、与える側と受ける側の間に上下関係が存在するかないかである。「サービス」はお金を払う側が上で、そのお金を受ける側が下で、「おもてなし」は茶道の主と客の関係のように、平等な関係が存在する。

当然、レストランはお客からお金をもらっているので、業態から言えば「サービス業」には間違いないが、店のスタッフはそれ以外に、「おもてなし」の気持ちでお客に接し、お客がそれに満足しているのを見て、自分も満足する。今後この企業は「おもてなし」と「サービス」をもっと見極める事が大事だ。

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